マネーの伸びが鈍るなかで物価が上がった年
政策金利は物価に直接効くのではなく、信用とマネーストックを経由して伝わります。その経路を確かめたうえで、日本と米国でマネーの伸びが鈍りながら物価が上がった12か月を読みます。
政策金利はどの経路で物価に届くのか
直接は届きません。政策金利が決めるのは信用のコストであり、新規の信用が減ればマネーストックの伸びが鈍り、伸びが鈍れば需要が弱まり、需要が弱まって物価が押し下げられます。物価はこの連鎖の4番目の環です。
見落とされやすいのは2番目の環です。M2が数えているものの大半は銀行預金であり、その預金の多くは銀行が貸出を実行した瞬間に生まれます。引き締めとは物価に働きかける行為というより、新しいお金が生まれる速さに働きかける行為です。
この連鎖は需要が押し上げた物価には効きます。ただし物価上昇の原因が投入コスト——運賃、燃料、精製能力——にある場合、連鎖は需要を削りはしても、値上がりの起点になったコストには触れません。
マネーの伸びが鈍るなかで、物価はどう動いたのか
日本では伸びの鈍化と物価上昇が同時に進み、米国では両者が正面から逆方向に動きました。
マネーの伸びが鈍るなかで、物価はどう動いたのか
日本 M2
ゼロを基準とする共通の線形目盛です。 下の表から一部の項目を抜粋しています。日付・単位・定義・注意点は元の表と本文を確認してください。
| 各月までの12か月 | 日本 M2 | 日本 CPI | 米国 M2 | 米国 CPI |
|---|---|---|---|---|
| 2021年6月 | +5.90% | -0.45% | +12.61% | +5.30% |
| 2022年6月 | +3.32% | +2.36% | +5.74% | +8.98% |
| 2023年6月 | +2.65% | +3.30% | -3.92% | +3.07% |
| 2026年7月 | +2.18% | +1.90% | +5.41% | +3.30% |
日本のM2の伸びは2021年から2023年にかけて一貫して鈍化しましたが、消費者物価はマイナスから上昇に転じ、2023年1月までの1年では+4.35%に達しました。米国ではM2が2022年と2023年に実際に減少するなかで消費者物価は上昇しています(FRED M2SL、FRED CPIAUCSL)。
M2の定義は国・地域ごとに異なるため、上の表は同一経済圏の内部での方向として読み、水準の国際比較には使わないでください。二つの系列は基準年も公表時期も異なります。数値を引用する前にデータページで観測月を確認してください。
なぜコストの衝撃がマネーストックを増やしうるのか
投入価格の上昇が、同じ事業を続けるために必要な信用の量を増やすからです。3割高い価格で同じ量を仕入れるには、およそ3割多い運転資金が要り、銀行貸出はM2が数える預金を生みます。
したがってエネルギーや運賃の衝撃のもとでは、マネーストックに二つの力が同時に働きます。中央銀行による信用の引き締めと、高くなった投入コストによる資金需要の押し上げです。どちらが優勢かは特定期間の観測結果であり、法則ではありません。
自分で数字を読むときに確認すること
まず二つの系列の観測月をそろえます。通貨集計量と物価指数は公表時期が異なり、一方の最新月を他方の古い月と比べれば、経済とは無関係の差が生まれます。
日本はエネルギーと原材料の純輸入国であり、輸入コストの変化は輸入物価・企業物価に先に現れ、その後に小売価格へ反映されます。為替の動きも同じ経路を通るため、輸入物価の変化を国内需要の強さと読み替えないでください。
そのうえで、二つの指標が答えている問いを分けます。M2は通貨集計量を、CPIは定義された消費バスケットの価格を示すもので、一方が他方の裏づけになることはありません。
よくある質問
金利を上げれば物価は直接下がりますか。
下がりません。政策金利が変えるのは信用のコストです。新規の信用が減ればマネーストックの伸びが鈍り、伸びが鈍れば需要が弱まり、需要が弱まってはじめて物価が押し下げられます。各段階に時間がかかるため、利上げ直後に物価が動かないことは、利上げが効いていない証拠にはなりません。
マネーの伸びが鈍れば、必ず物価も下がりますか。
一定の期間内では必ずしもそうなりません。日本のM2の伸びは2021年6月の+5.90%から2023年6月の+2.65%へ鈍化しましたが、同じ期間に消費者物価は-0.45%から+3.30%へ上がりました。数十年単位では同じ方向に動きますが、1〜3年では食い違うことがよくあります。
なぜコストの衝撃がマネーストックを増やしうるのですか。
同じ数量の原材料をより高い価格で仕入れる企業は、より多くの資金を必要とするからです。銀行貸出は預金を生み、その預金はM2に算入されます。この力は、中央銀行が同時に信用を引き締める方向とは逆に働きます。
自分の生活費を測るにはどちらの指標を見ればよいですか。
消費者物価指数です。定義された財・サービスのバスケットの価格を測っているためです。M2は通貨集計量の規模を示すもので、家計が実際に支払う金額ではありません。二つの指標は別の問いに答えており、一方が他方の裏づけにはなりません。